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札幌高等裁判所 昭和26年(う)5号 判決 1951年4月12日

控訴人 被告人 越前一吉

弁護人 斎藤熊雄

検察官 小松不二雄関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人の控訴趣意は別紙のとおりである。

右控訴趣意第一点について。

原判決の主文に「押収に係る粳玄米百四十四瓩六百瓦の換価金四千七拾九円七十六銭(小樽区検察庁領置)はこれを沒収する」旨の記載のあることは所論のとおりである。原審の取調べた司法警察員作成の領置調書、食糧公団寒別代配所作成の保管書、食糧配給公団北海道小樽支部長北秀太郎作成の買受書、被告人作成の仮下請書、検察官事務取扱検察事務官作成の被告人の第一回供述調書を綜合すれば、原判示第四事実中の粳玄米五俵の内二俵は昭和二十四年十月下旬寒別駅よりチツキにして南小樽駅止めとして発送内二俵は被告人の実父に預けたところ右のチツキの米は南小樽で警察官に発見されたため右四表の玄米はいずれも倶知安町警察に領置され内二俵の玄米は食糧公団寒別配給所において保管、その余の玄米百十四瓩六百瓦は同年同月二十九日食糧配給公団北海道小樽支部において代金四千七十九円七十六銭にて買上げられ、同年十一月四日該代金が被告人に仮下された事実が認められる。しかして仮還付を受けたものは下命ある場合は何時にても仮下物件を官に提出すべき義務があり、従つて右警察署の為した被告人が本件犯行によつて得た玄米の換価代金四千七十九円七十六銭に対する領置の効力は依然継続されているものと見るべく、本件が小樽区検察庁の検察官により起訴せられ前記領置調書等の書類が同庁検察官によつて原裁判所に提出された事実が本件記録上明白であるから、右の領置は当然右警察署より小樽区検察庁に引継がれたものと解するのが相当である。次に前記の金員が被告人以外のものに属するか否かにつき検討して見ると、右に説示した玄米は本件食糧管理法違反の対象物件であるから仮りに民法上右売買契約が無効であるとしても、その売渡人は右玄米につき不法原因にもとずく給付として被告人に対し返還請求権がなく、又一面売渡人は本件食糧管理法違反事件について被告人と共犯の関係に立つものであつて、いずれの点より見るも右粳玄米は被告人以外の者に属しないから、前示換価金は沒収の対象となるに支障を来たすものではない。然らば冒頭認定の原判決の主文記載事項は正当である。なお沒収についてその物が刑法第十九条の法定要件に該当すること及びその所有関係を証拠に依つて認めた理由を判決において説明する必要はないのであるから論旨は理由がない。

同上第二点について。

本件記録並びに原審の取調べた証拠に現われた犯行の回数、玄米の数量其の他諸般の事情を綜合すれば所論を考慮に容れても原審が被告人に対し罰金五万円の刑を科したのは量刑必ずしも不当とは思われない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし同法第百八十一条第一項に則り当審における訴訟費用は全部被告人の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 猪股薫 判事 鈴木進)

弁護人の控訴趣意

第一点原判決はその主文において押収に係る粳玄米百十四瓩六百瓦の換価金四千七十九円七十六銭(小樽区検察庁領置)はこれを沒収する。と判示して、小樽区検察庁に領置してある粳玄米百十五瓩六百瓦の換価金四千七十九円七十六銭は被告人以外の者に属しない物として没収する旨の判決をしたものであるが、本件記録に編綴されておる食糧配給公団北海道小樽支所長北秀太郎作成の昭和二十四年十月二十九日付の買受書を見るに被告人の粳米百十四瓩六は、これを代金四千七十九円七十六銭で買受け致しますという小樽警察署長宛の買受書であつて、果して同公団北海道小樽支所が右価格で買受けたものであるか、若し買受けたとしたならば、その代金は小樽警察署に納付されたものであるか、本件証拠によつては之を知ることができない。原判決は小樽区検察庁領置と判示しておるけれども、右換価金が小樽警察署に納付され、更に小樽警察署から小樽区検察庁に移送領置されたものであるという証拠は一つもない。

然らば判示小樽区検察庁に領置してある換価金四千七十九円七十六銭は、金額は前示買受書の金額と同一であるとしても、果して被告人以外の者に属しないものであるかどうか全く不明であると謂わなければならない。要之原判決は証拠によらないで被告人以外の者に属しない物と推定して判示換価金を沒収したのは違法であつて破棄を免れないものと信ずる。(最高裁判所昭和二三年(れ)第四四号判決参照)

第二点原判決は被告人に対し罰金五万円に処し且つ押収に係る粳米百十四瓩六百瓦の換価金四千七十九円七十六銭を沒収するとの判決をしておるが、被告人は当時農事日雇労働者として働いていたものであつて、被告人一人の収入では一家六人の家族を養つてゆくことができないところから、生産農家から直接その生産米を分譲してもらつて、これを家族の食糧の一部に補つたり、又は多少の利得で知人に分配したに過ぎないものであつて、戦後食糧事情の悪化から続出した所謂「担ぎ屋」と称する類に属する行為をやつたもので、彼の貨物自動車を利用して多量の主食を移動闇売をして一躍千金を夢見る徒輩とは全く同一視することはできないのである。謂わば被告人の行為は一家の生活上已むを得ざるに出でたもので、洵に同情に値する点もあり而かもその犯行の期間は僅々一ケ月位のもので継続的常習的のものではないのである。そして被告人には前科もなければ又本件発生後は飴加工職人として一家岩見沢市に転住し正業に従事して一家細々ながら其の日の生活を立てておる状態であるから、斯の如き被告人から原判決判示のような多額の罰金を徴収することは寧ろ不可能に属するものであるから、斯る被告人に対しては此際執行猶予の恩典を与えて反省の機会を作り再犯の虞れなからしむるこそ刑政の道であると信ずるのである。然るに原判決は被告人に対し罰金五万円の判決をしたことは要するに刑の量定が不当であると思う。

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